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東京地方裁判所 平成元年(特わ)1211号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師の免許がないのに、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和六三年四月七日ころから平成元年四月二四日ころまでの間、東京都港区東麻布《番地省略》所在の麻布コーポ一階サロンドMジャポン麻布店内もしくは東京都渋谷区《番地省略》所在の渋谷コーポ六一四号室サロンドMジャポン渋谷店内において、前後一二回にわたり、同表客氏名欄記載のA他九名に対し、あざ、しみ等を目立ちづらくする目的で、局所麻酔剤キシロカイン注射液を同表身体の部位欄記載の部位に同表行為内容欄記載のように塗布したり、注射したりし、さらには、注射器もしくは針を使用して右治療部位に色素を注入する等の行為をなし、もって医業をなしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(争点に対する判断)

弁護人は、被告人が行った判示行為のうち、局所麻酔剤の塗布及び注射並びに注射器による色素注入がいずれも医師法に違反する行為であることは争わないものの、針による色素注入行為は、美容を目的とし、人体に対する危険性が高いとはいえない行為であって、すでに社会内に業種として広まっており、しかも、類似行為といえる入れ墨は社会的に容認ないし黙認されていることからすると、社会的に相当性を有する行為であるから、違法性はない旨主張するので、この点について当裁判所の判断を述べる。

前掲関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

被告人は、人の皮膚に針を用いて色素を注入する行為(以下、「本件行為」という。)をなしたのであるが、これは、専ら美容を目的として、色素を付着させた針を細い棒の先あるいは電動器具に固定し、これを人の皮膚に多数回刺して色素を埋め込んでいく方法でなされたものであり、本件行為を施すことにより、色素を一定期間皮膚内に定着させ、化粧をしなくても皮膚、眉、唇等の色合いを外見上美しく見せようとするものであり、また、あざやしみ等皮膚の病変を目立ちづらくしようとするものとしてなされたものである。本件行為は、数年前からアートメイクとか消えない化粧などと通称されて、多数の業者により雑誌等に宣伝を繰り返されてきているものである。

ところで、人の皮膚は、その表面から、表皮、真皮、皮下組織の三層から構成されているが、表皮は部位により、また、個人差により異なるとはいえ、その厚さは〇・一ないし〇・三ミリと極めて薄いため、本件行為を施すと、針の先端を表皮内に止めることは技術的に不可能であり、少なくとも真皮内にまで針が到達し、その部分まで皮膚を損傷させるため出血を伴うことになる。これは、一定期間色素が落ちないという本件行為の目的を達するためにも、新陳代謝により約一か月で脱落してしまう表皮に色素を入れるのでは意味をなさないことからも当然である。

そして、本件は、正常な皮膚ではなく、いずれも皮膚が病変しているあざ、しみ、火傷跡に本件行為を施したものであって、その際にはいずれの客にも相当の出血があり、行為後は炎症がみられるという正常な皮膚に対するものより一層深刻な損傷を与えた反面、色素の定着が不安定なために行為前とそれほどの相違がない状態に復してしまったり、あるいは、色素の注入が均一ではないために色素がむらになって目立ち、かえって見苦しくなるという結果に終わっており、前記のようにあざ等を目立たなくするというアートメイク本来の目的はほとんど達成されていないものである。

以上の事実を前提にして、さらに前掲証拠により本件行為の違法性につき判断する。

医師法にいう医業とは、反復継続して医行為を行うことであり、医行為とは、医師の医学的知識及び技能をもって行うのでなければ人体に危険を生ずるおそれのある行為をいい、これを行う者の主観的目的が医療であるか否かを問わないものと解されるところ、本件行為は、針で皮膚を刺すことにより、前記のように皮膚組織に損傷を与えて出血させるだけでなく、医学的知識が十分でない者がする場合には、化膿菌、ウイルス等に感染して肝炎等の疾病に罹患する危険があり、また、色素を皮膚内に注入することによっても、色素自体の成分を原因物質とするアレルギーなどの危険があるとともに、色素内に存在する嫌気性細菌等に感染する危険があることが認められ、さらには、多数回皮膚に連続的刺激を与えて傷つけることによりその真皮内に類上皮肉芽腫という病変を生ずることも指摘されていることが認められるのであって、本件行為が医師ではない者がすることによって、人体に対して右のような具体的危険を及ぼすことは明らかである。

弁護人は、本件行為が美容を目的として人体に対する危険性が高くないものとしてすでに社会的に広まっており、しかも、入れ墨が社会的に容認あるいは黙認されている状況にあり、これに類似する本件行為は営業として宣伝までしているにもかかわらず、何らの取締りを受けていないことからすると、すでに社会に受け入れられた社会的相当行為である旨主張する。しかしながら、本件行為が美容の上から何らかの効果があり、社会的に広く行われている現状にあるとしても、たまたま見過ごされてきた本件行為が、本件により、前記のような人体に対する具体的危険を及ぼすことが判明した以上、医師ではないものが本件行為をなすことに違法性があることは明らかである。

そして、なるほど、本件行為と古来から行われてきている入れ墨を彫る行為とは、針で人の皮膚に色素を注入するという行為の面だけをみれば、大差ないものと認められるので、入れ墨もまた本件行為と同様医行為に該当するものと一応は認められる。しかしながら、入れ墨が歴史、習俗にもとずいて身体の装飾など多くの動機、目的からなされてきていることに比較し、本件行為は前記のように美容を目的とし、広告等で積極的に宣伝して客を集めているものであり、その宣伝があたかも十分な美容効果が得られるような内容であるのに、これが本件のような病変した皮膚を目立ちづらくするというにはほとんど効果がないか、乏しいものであるうえ、専ら営利を目的とし、その料金(皮膚一平方センチメートルあたり三万円ないし五万円程度)も、客の期待がほとんど達せられないという意味で極めて高価であるなどという際立った差異が認められる。このことからすると、入れ墨も本件行為もともに違法であるとはいっても、それぞれの違法性の程度は当然異なるといわざるをえない。そして、入れ墨も本件行為も、結局この違法性の程度に応じて、即ち、その社会的状況を反映した実体ごとに取締りの対象になるかどうかが判断されているものと思われる。したがって、入れ墨が違法ではあっても今日社会的に黙認されているからといって、前記のような違法性の程度が異なる本件行為もまた黙認ないし容認されるべきものと認めることはできない。

そして、本件行為の実体が前記のようなものである以上、本件行為の違法性は高くないものとは認められず、ましてや、本件行為が社会通念上正当なものと評価される行為とは到底認めることができない。

以上により、弁護人の本件行為が社会的相当行為であるとの主張は採用することができないと判断した。

(法令の適用)

罰条 医師法三一条一項一号、一七条

刑種の選択 懲役刑

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

被告人は、かねて美容に関心を持っていたが、知人を介してアートメイクという美容術の存在を知り、これを身に付けて、昭和六二年一一月ころ美容室(判示麻布店)を経営するようになったものであるが、開業の当初は眉、唇などに本件行為をしていたものの、これだけでは客が思うように集まらなかったため、本件のようなあざ、しみ、火傷跡等を目立ちづらくするために本件行為をするようになった。ところが、あざ等の部分は皮膚が薄くなっているなどの理由で客に強い痛みを訴えられ、昭和六三年四月ころから、客離れを恐れて本件行為を施す際に麻酔薬を使用するようになり、同年八月ころには客の大半があざ等に悩む人になったので、大量の麻酔薬を注射器などとともに仕入れて使用するようになった。

そして、被告人は、麻酔薬キシロカインが人体に対し中毒等の副作用があり、取扱に危険が伴うことを知りながら、また、医師ではない者が注射行為をすることが違法であることを十分承知しながら、客が痛みを訴えたとはいえ、専ら営業利益をあげる目的で、安易に右麻酔薬の塗布や注射での使用を繰り返し、さらには、色素を皮膚内に入れる時間を短縮するために注射器を用いて色素を注入する方法をとるようになった。

また、被告人は、従業員らに対しては、医師の資格があるかのように装うとともに、正常な皮膚に化粧品であざ等を描いてこれを消し、いかにもアートメイクで美容したかのようにみせかけるなどの方法を用いて宣伝して積極的に集客活動をした。そのため、アートメイクが宣伝にあるような効果がみられないとの苦情が次第に多くなってきたにもかかわらず、これを隠して営業を継続し、アートメイクに関与して以来一億円を越す多額の利得を得ていたものである。

以上のような経緯のもとに、被告人によって敢行された本件の刑事責任を検討すると、本件は、前記のような人の身体に悪影響を及ぼす医師法違反罪という形式犯であるとはいうものの、それ自体悪質であることに加え、その実体をみると、前記のようにあざ等に悩む客の期待を裏切ることになるのを知りつつ営利目的で敢行したもので、詐欺的内容が認められる事件であることをも考慮せざるをえず、被告人は厳しい非難を免れないというべきである。

そうしてみると、被告人が、アートメイクが既に世間に行われていてそれ自体は違法でないと考えて営業をはじめ、それなりの努力はしていたこと、麻酔薬等の入手が容易であったこと、視聴者の判断を誤らせるような誇大な広告や報道が安易になされたこと、被告人は売春防止法違反の罰金前科があるのみで、本件について反省し、今後は法を遵守して生活していくと述べていること、本件が広く報道されてそれなりの社会的制裁ともいうべきものを受けていることなど、被告人に有利な情状を全て考慮しても、主文掲記の刑は免れないと判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村稔)

〈以下省略〉

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